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2016年1月26日 (火)

『一握の砂』は入院中に

日記がわりに、メモがわりに、いろいろ書いていたのですが、
4日ぶりにネットが使えるようになったらちょっといろいろうまくいきません。
後でまとめて公開にきりかえられる、かな。

それでもネット上の記事やブログが読めます。4日おいただけで新鮮。

ネットから離れた分、生きている人と触れ合い、長い夜を過ごしました。

19歳のときにお世話になったアメリカの知人宅にいたのです。
彼女、PCに疲れて数年前にインターネットに別れを告げたそうです。

ご主人(いやな言葉ですが、便宜上)との離婚、教員としての経験、退職後の生活。
お便りや電話でのやりとりはあったけれど、目の前にすべてがよみがえりました。
ご主人も大好きだったんだけどな、お亡くなりになりました。

日曜日には初めて会ったときは11歳だった双子の男女がそれぞれの家族を連れて
会いに来てくれました。男の子は再婚相手を連れて、女の子は子供を連れて。
この双子、おとなしくて恥ずかしがり、いつも静かににこにこだったのですが、
昔どおりの気遣いとやさしさ、今、手にしている幸せが本当にうれしそうで
私にとってもそれが大きな喜びになりました。

私にしてはめずらしくハグにしっかり応じました。小さな頃を知ってるって特別です。
そして実はみんながそれぞれの悲しみを経てきたこともあって、ハグをしながら
涙と鼻水。女の子、今はもう女の子じゃありませんね、彼女も一緒に泣き出して。

それぞれが暮らす街に帰って行きました。

さて、まとまりのない話になっていますが、今いる地域には、ある、回復のための
施設がいくつかあり、そこを訪ねることが今回の旅の目的の一つです。
たまたま、知人がその近くに引っ越してきていたということなのです。

で、タイトルと全然関係ないことを書き綴ってしまいましたが、
知人との長く緩やかな夜、ある歌をもとに、「雪あかり」の話をした翌日に、
移動してきたホテルで、やっとインターネットにつながった、と思って、色々みていたら、
ちょっと知ってる人が、まさに、その歌のことにふれていたので、
ものすごくびっくりしたという話。
ただの偶然といえばそれまでだけど。こんな偶然、普通は黙っているのでしょうか。
私は、聞いて、聞いて!と思ってしまう。
まあもうよくわからないので書こう。

啄木の『一握の砂』ー
13歳のとき右脚骨折で入院中、母が買ってきてくれた一冊でした。

そのときは、まさか、その後、北海道に来て初めての冬に思い出すことになる歌だとか、
あまり考えずに退屈しのぎに読んだものですが、面白いものです。

昔会った11歳の双子が、後年、別の感動を与えてくれるなんて思わなかったような
感じでしょうか。
言葉や人との出会いの意味が後から追いかけてきてくれるような。
まあ、偶然なのでしょうけど。

そういえば、この双子に初めて会ったとき、お母さん(知人)に、
「子どもさんたち、お母さん似ですね」なんて言ってしまったところ、
「そう?養子なんだけど」といわれて、あわあわしたものです。
今は、お母さんはアイルランド系、双子はスカンジナビア系とはっきりわかるけど
こんなふうに、色々考えさせられることがたくさん始まった出会いの一つです。

昔はプールがある大きいおうちだったけど、今、ちょっと小さなおうちなので
(でも、ゲストルームはある)お互い窮屈になるかなと思って4日めからはホテルを
予約していたのですが、なんか、昔みたいにお弁当を持たせてくれました。

ザクロと桃とバナナナッツブレッド。写真撮ったけど今アップできない。
明日の朝、迎えに来るとか。なんか悪かったかなー。でも一人もうれしいし。

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