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2015年12月23日 (水)

どうしてメディアに流される?

これ、楽しんでる人を批判する記事ではないですよ、念のため。

今週、クリスマス、来週お正月。

クリスマス、
どうしてもクリスマスケーキを食べて、おしゃれして、デートして、
ホテルで過ごして・・・なんて思っている人は、それはそれでいいのですが、
それができないから凹んでいる人がいて、それは不思議。

私も、この時期のケーキなんてうれしいものです。
「重なったから」「たくさんもらったから」っていうおすそわけなんてもう大歓迎!
デートは恋人じゃなくても誰とでも楽しかったなあ(今もうれしい)、
気の合う人とだったらね、話も楽しくて、沈黙も楽しい人だったらね。

子供の頃は、家にツリーとケーキ、ありました
(不似合いだけど、茶わん蒸しもありました)。
起きたらプレゼントも枕元に置いてありました。
絶対頼んだこともないのに翌年の「日記帳」とか
(続いたことないです)。

でも、クリスマスの雰囲気を味わったのは教会でした。
洗礼受けたわけじゃないし、牧師さんの話は・・・だったし、
何か、おけいこごとの一つという感覚で、身近な場所だったのです。

教会のシチューやサラダ、ケーキ、手作りのものはやはりおいしかったです。
お母さんやお姉さんたちが競ってもってくるわけですから、
おいしいに決まっていますね。
けっこう、このような味がすりこまれてしまっています。
今でも、「どことかのクッキーよ!」と言われても、
販売元にはあまり興味がありません
(もちろん大喜びでいただいています、うれしいです!)。

一方、一種の「社会」を学んだのも教会でした。
クリスマスの生誕劇、〇〇さん(えらい人)のお孫さん、子どもさんが主要な役を
演じるのです。そしてたまにたま~に歓迎されない人がいるのも
小学校高学年くらいになると見えてきました。
高校生になると、過ごすお部屋は「高校生・一般」のお部屋。
ここではまた、ちょっと認められている高校の制服じゃなかったら、
居心地悪そうな雰囲気(私、いつも私服で行ってました)。
人が人を何で見ているのかを知った場所でもありました。
関西・関東の大学の合唱クラブ・サークルのお兄さん、お姉さんが
歌いに来てくれるのは楽しかったけど
だいたい信者さんのおうちのお子さんの進学先でした。

さて、お正月、私、郷里を出てから、お正月の帰省ってしたこと
ないんですよ。身近な人間たちの影響も大きいのですが
どうしてわざわざ駅や空港が混雑するときに移動しなければ
ならないのか、これでした。
年によっては「帰りたい」状況でも心境でもなかったこともありました。
ちょっと恋しくなったのが季節のお料理ですが、
これはこれで、なんとか工夫できるものです。

「お正月とお盆しか休みが取れない人がほとんどなんだよ!」と
おっしゃる人も多くて・・・それは本当によくわかります。
たぶん、私、長いこと、柔軟に休みが取れる状態で、その点は
恵まれているのです。

とか、なんとか、言いながら、年末年始、他人様のおうちに
呼ばれて出かけることもありました。あるおうちのお母さんが
とってもお料理がお上手で・・・。

まあ、色々ですね。

うーん、言いたいことは、クリスマスに独りぼっちのことを
「クリボッチ」なんて言うそうですが、いいじゃありませんか。
365日のうちの1日です。楽しい記念日は自分でつくりましょ!

デパートでアルバイトをしていたときには、クリスマス、お正月、
バレンタインデー、すべてお尻に「商戦」っていう言葉がついていたんですから。
心の中で「うちでくつろいだらいいのに・・・」なんて思わないこともなかったです。

私が思い出すのは、大渋滞の中、父の車の中でぐったりしていたことかなあ。
それはそれで苦笑しつつも楽しい思い出だったりするのですが。

でも、楽しんでいる人はどうぞどうぞお楽しみください。
まあ、心があたたかくなったり、寂しくなったり、そんな季節なのかもしれませんが、
「こうしなければいけない」とか、「こうしてないから恥ずかしい」とか、
気にすることもないかなあと思いますよ。
ちょっと自分を甘やかす期間、私にとってはそんな感じです。

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