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2015年12月

2015年12月31日 (木)

この1年、お世話になったみなさまへ

今年も1年お世話になりました。

断酒会や他の自助グル――プ、お酒の問題で
この細々ゆるゆるブログにたどりついて読んでくださった方が
ほとんどだと思いますが、
みなさんのご期待に添えるような記事内容は数えるほどではなかったか
と思います。書いては翌日恥ずかしくなって消すこともありますし。
それでもお付き合いくださったこと、心からの「ありがとう」を申し上げます。

一見、酒害に関係ないようで、実は自助グループの方から伺ったお話や
そこから生じた人間関係などずいぶんと参考にさせていただきました。
今年も多くの方が多くの出会いや別れを経験、私を含めてー。
中には大切な方の死というお別れもあったようです。

ダルクさんの集会に行ったときのこと、
依存の反対は?
「つながり」ということだそうです。

依存をどうにか終えたところで、どうやって人や社会とつながっていけばいいか
わからない、そんな人も多いのだとか。
依存対象がお酒でも、ネットでも、ギャンブルでも。
さて、私はそれを知っているかといえば、疑問です、残念ながら。

とはいえ、孤独がいやだからといって、
近くに誰か「人」がいる、PCの向こうに「人」がいる(かも)ということに安心し、
目の前の人々、ネット上のつくられた人々を受け入れて「つるむ」必要はありません。
「つるむ」も「おもねる」もそれは「つながる」こととは違うように思います。

組織や集団、たとえ二人の小さな社会であっても、いつのまにか他者の
考えを参考にするではなく、まるまる受け入れるなんて野合です。
考えてみると過度の依存って相手が人でも物質でも行為でも野合そのもの。

自分自身の心はいつも解放していたいものです、自分のために、誰かのために。

「こんなとき、『あの人』だったら、どうするだろう」
「こんなとき、『あの人』だったら、ありがとう、だろうな」
「こんなとき、『あの人』だったら、ごめんなさい、だろうな」
「こんなとき、『あの人』だったら、手を離さない、だろうな」
「こんなとき、『あの人』だったら、直言してくれる、だろうな」

こんなふうに思いをめぐらせていくと、あなたや私が本当につながりたい人が
見えてくるのかもしれません。

「こんなとき、『あの人』に伝えたい、会いたい」

それでもぞんざいに扱われたり、がっかりしたり、そんなこともあるかもしれません。
もしかしたら観る目がなかったのかもしれない、人違い、思い違いだったのかもしれない、
そしてもしかしたらその人の心が健康じゃない状態だったのかもしれない、
そんなこともあるのかもしれません。

それでも誰かとつながりたい、これは誰もが思うことなのでしょう。
「あなたとつながってよかった」-こう思われたいものです、たとえ
そのつながりが永遠のものではなかったとしても。

さて、具体的には、自助グループの外の方にもとても救われた思いの1年でした。
大分の保健師のYさん(こんなに心ある保健師さんに出会えて幸せです)、
山梨の医師のOさん、札幌の弁護士のIさん、旭川のA病院のみなさま、
所属先の同僚の(一部の)みなさな・・・。
所属先図書館の方々が無名の私のことを見つけてご取材くださったことも
とても大きな驚きでした。お二人が私が学生の頃からこれまで書いたものを
すべて読まれていたことも。
職業や所属先を書いてみたものの、結局はそんなことが殆ど関係ないことに
気付きます。上も下もない、その人なりの役割を誠実に果たしていらっしゃる
そんなみなさまでした。

もちろん、中には、来年以降はもうないのかもね、というご縁もあります。
というわけで、「来年もよろしく」なんて書かないこともあります。
来年のご縁は来年のご機嫌にお任せしましょうか。
それでも、これまで、そして、この1年お力をかしていただいたこと、感謝です。
そしてもし、また、本当のご縁があるとすれば、もっといいご縁にしましょう、
お互いに!

ありがとうございました。

紅白なますの大根と人参がしんなりする間に急いで書きました。
お塩やお酢はごく少量、その分、柚子の果汁ををまるごと一個分使います。
材料すべての本来の味がひきたっておいしいんです!

2015年12月30日 (水)

お道具箱、おいくら?

年賀状、まだ終わっていない。
というほど苦にはならない、というか、楽しいこともあるにはある。
でも、年々投函するのがギリギリになって。

まず、今年ご家族を亡くされた人への年末のカード。
これはとっくに終わっています。

実は私、昔、喪中の方(先輩)に年賀状を出してしまったことがあって
「ごめんなさい」と謝りに行ったところ
「年賀状が来ないのが寂しかったから、いつも楽しみなむっちゃんからの
お年賀状うれしかった!ありがとう」と言ってくださったのです。
これはいつかこんな立場になったら真似したいと思いました。
・・・喪中を待つのも変だからやめました。

郷里を出るときに、この人からいただいたラインホールド・ニーバーの祈り、
まさか私の人生にここまで影響を与えるとは!
そうです、アルコール依存症の方々とその家族のみなさんに愛されている
言葉です。ベトナム戦争の兵士の間でも大切にされた例のアレですね。

次に断酒会関係のみなさん。
私、みなさんには年賀状は出しません、ご了承ください。
今年1年お世話になりました、のお便りにしています。

忘れちゃいけないのが、異動でよそに行かれたとってもお世話になった方々。
昨日はそのうちIさんから素敵なメッセージをいただいただきました。
クマさんのカードをとっても気に入ってくださって(よかった!)
机の上に飾ってくださるのだとか。
ネット公開の『お酒を手にした未成年のあなたへ』のこと
お父様やそのお知り合いにすすめてくださったそうです。
息子さんが大きくなったら読ませる、とてもうれしいです(まだ保育園児・・・)。

さて、この季節、いつもに増して開けたり閉めたりのお道具箱。
私は「とらや」の丈夫な紙箱をお道具箱にしています。
ぷっくりした紙に包まれた箱が手にもなじみます。まだまだ使えそう。

以前、家庭教師をしていたF子ちゃんと一緒に京都の鳩居堂に行ったときのこと、
目の前で12万円の木彫りのふみ箱をさらりと買われたあのショック!

お金持ちのお医者さんだそうですけど変な人と結婚しちゃって。
だって、「50キロ以上の女は女じゃない」って、ちょっとアレな人です。
こんな人は多くを見失います。
50キロ以上の素敵な女性は全員あなたのことキライです。
155cm以上の健康な女性であればそれくらい普通です。

おかしいのが、F子ちゃんだって・・・自粛します。
以上は陰口ではなくて、本人にぶつけ済みです(ふふ)。

F子ちゃんは今は素敵なマダムっぽい人ですが、初めて会ったときには
高級な不良(?)という感じで(笑)、私はF子ちゃんのお母さまからものすごく
愛されました(どこがよかったのか?無駄に愛されることが多い私です)。
F子ちゃん、私のお道具箱、とらやで最中を6つ買ったら箱代たしか200円くらいで
ついてくるものですが、大活躍だよ!
でも・・・梅の花の木彫りのふみ箱、とても素敵でした。
見るたび使うたびによく一緒におしゃべりして笑いがとまらなくなった
家庭教師のお姉さんのこと思い出すでしょう!

・・・二人でずっと「ユタ州に飛んできた大量発生したイナゴ」の記事を
「ユタ州に飛んできた大量発生したアナゴ」って言ってて
気付いたときのことを思い出しては笑ってしまう。
私はちゃんと頭の中に飛んでるイナゴを思い描いていたけれど
ふさこちゃんは飛んでるアナゴと思っていたのでした。

2015年12月27日 (日)

「私は、ずっと無学だった」

「私は、ずっと無学だった」という記事を読んだ。
(検索してね)舞台は沖縄。

昔、無条件に、大人だったら、どんな漢字でも読める、と思っていた。
両親とも基本的なお勉強とか、そういうことに強いほうだったのだと思う。

しかし、教職関連科目で、様々な事情により
「読み書き」のできない方々がいらっしゃることを知った。
なんという狭い小さな社会に生きてきたのか私は、と思った。

「ゆうやけ」という字が書けるようになって
夕焼けがきれいに見えるようになった

この一節は恐らく多くの「教職取った」人が憶えているんじゃないかな
(正確じゃないと思うけど)。

何かが、書けて、読めて、隠れた意味を知って、外国語で表現できる。

そこに「きれいだな」と思う気持ちや、「あれきれいでしょ」「きれいだね」と
誰かと共有する気持ちがなかったら、あまり意味がないような気がする。

記事には「孫と手紙のやり取りがしたいから」というおじいさんが出てくる。

時々、ダダダダダッと文字をタイプしながら、
文字のありがたみを忘れていないかと考えることがある。

郷里を離れたある日、父から商品券が贈られてきた。
娘に商品券?
父の名刺が同封されていて、裏に四文字、「返礼無用」とあった。

「こんなことしないで」となんで怒った感じで電話してしまったんだろう。
自分のことなのに説明できない。

父からもらった最初で最後の手紙だったのに
私はそれをなくしてしまった。
とても後悔している。

2015年12月26日 (土)

三人の先生

もう12月も残り数日です。
この地に来て何年になるかなあと考えています。

パーフェクト、完全な人はいないにしても、
いいお医者さん
いい歯医者さん
ついでにいい呼吸器科の先生
このような先生たちにつながったことは
けっこう幸せなことなのかもしれません。

お医者さん、もう何年前でしょう、ある日曜日の当番医だったから
お世話になったのですが、私でも知っている薬でも
毎回、お薬の事典で確認なさいます。
とてもご高齢の方なのですが、知ってる看護師さんいわく

「若い医者だから新しい医療を知っているとはいえない、
年齢に関係なく勉強を続けている医者を見つけること」

なるほどね!そうします。

歯医者さん、○大の歯学部の先生が治療に通う小さな歯科医院。
歯医者さん選びってとても神経を使いませんか?
私がこの地に住み続けたい理由のひとつがこの歯医者さん、
それほど信頼しているし、大好きな歯医者さんです。
待ち時間ほぼなし。ここで待つの苦にならないのに!

このお二人、お願いですから、長生きしてください、と言いたいのですが。
そのまま言えばなんとなく失礼ですよね。
「あなた、おじいさんですよ」って感じで。
ま、私だっていつ死ぬかわからないんですから。

呼吸器科の先生、とってもいい出会いでした。
でも、
「先生、ちょっとした風邪でも先生のところに来ていいですか?」
と聞いたら、「ダメ」と即答。
うう、聞くんじゃなかった。

私、子供の頃から医師に対して何か横着です。
いつもお世話になっていた医師との関係が影響しているのでしょう。
完全に「おじちゃん先生」という感じでした(血はつながってません)。
ずいぶんあとになってからですよ、会う医師が横着に
感じられるようになったのは
(横着じゃない医師の方もいらっしゃいます)。

三人の先生方、「本もの」だと思います。
診察室に伺うことに何のプレッシャーも感じませんし、
「あの先生に会えばもう大丈夫」だと
私が思っているのですから。

2015年12月25日 (金)

司法試験漏えい事件に思う

ニュースでこの法科大学院教授(男性67歳)が
「交際していた20代女性」・・・え、交際になってるの?

これは・・・わかる人にはわかるというか、わかる人のほうが多いというか。
わからなくちゃだめだよ、というか。
この女の人が近づいたのは、この人の職業であって、この人ではない。

こんな男性にはぜひこんな想像をおすすめしたい。

「もし私が他の職業に就いていたら、この女性は今と同様に私の目の前にいるか」

それでおしまい。

どうしてこんなに経験のある男性が?と思ってしまうところだけど
社会経験って本当にはかるのがむずかしい
(私も他人様のこと言えない)。

でも、やはり、これはいくらなんでも恥ずかしいだろう。
知らないわけじゃないでしょう、世の中には
職業に近付く女性がいること。
職業とおつきあいを続ける女性がいること。
ある程度の安定と結婚する女性がいること。

男性だってそうかもしれないけど。

なんでこの法科大学院教授は「男性」になっちゃったんだろう。
ある意味では正直で純粋な人だったのかもしれないが、
もちろんほめられることではない。

2015年12月23日 (水)

どうしてメディアに流される?

これ、楽しんでる人を批判する記事ではないですよ、念のため。

今週、クリスマス、来週お正月。

クリスマス、
どうしてもクリスマスケーキを食べて、おしゃれして、デートして、
ホテルで過ごして・・・なんて思っている人は、それはそれでいいのですが、
それができないから凹んでいる人がいて、それは不思議。

私も、この時期のケーキなんてうれしいものです。
「重なったから」「たくさんもらったから」っていうおすそわけなんてもう大歓迎!
デートは恋人じゃなくても誰とでも楽しかったなあ(今もうれしい)、
気の合う人とだったらね、話も楽しくて、沈黙も楽しい人だったらね。

子供の頃は、家にツリーとケーキ、ありました
(不似合いだけど、茶わん蒸しもありました)。
起きたらプレゼントも枕元に置いてありました。
絶対頼んだこともないのに翌年の「日記帳」とか
(続いたことないです)。

でも、クリスマスの雰囲気を味わったのは教会でした。
洗礼受けたわけじゃないし、牧師さんの話は・・・だったし、
何か、おけいこごとの一つという感覚で、身近な場所だったのです。

教会のシチューやサラダ、ケーキ、手作りのものはやはりおいしかったです。
お母さんやお姉さんたちが競ってもってくるわけですから、
おいしいに決まっていますね。
けっこう、このような味がすりこまれてしまっています。
今でも、「どことかのクッキーよ!」と言われても、
販売元にはあまり興味がありません
(もちろん大喜びでいただいています、うれしいです!)。

一方、一種の「社会」を学んだのも教会でした。
クリスマスの生誕劇、〇〇さん(えらい人)のお孫さん、子どもさんが主要な役を
演じるのです。そしてたまにたま~に歓迎されない人がいるのも
小学校高学年くらいになると見えてきました。
高校生になると、過ごすお部屋は「高校生・一般」のお部屋。
ここではまた、ちょっと認められている高校の制服じゃなかったら、
居心地悪そうな雰囲気(私、いつも私服で行ってました)。
人が人を何で見ているのかを知った場所でもありました。
関西・関東の大学の合唱クラブ・サークルのお兄さん、お姉さんが
歌いに来てくれるのは楽しかったけど
だいたい信者さんのおうちのお子さんの進学先でした。

さて、お正月、私、郷里を出てから、お正月の帰省ってしたこと
ないんですよ。身近な人間たちの影響も大きいのですが
どうしてわざわざ駅や空港が混雑するときに移動しなければ
ならないのか、これでした。
年によっては「帰りたい」状況でも心境でもなかったこともありました。
ちょっと恋しくなったのが季節のお料理ですが、
これはこれで、なんとか工夫できるものです。

「お正月とお盆しか休みが取れない人がほとんどなんだよ!」と
おっしゃる人も多くて・・・それは本当によくわかります。
たぶん、私、長いこと、柔軟に休みが取れる状態で、その点は
恵まれているのです。

とか、なんとか、言いながら、年末年始、他人様のおうちに
呼ばれて出かけることもありました。あるおうちのお母さんが
とってもお料理がお上手で・・・。

まあ、色々ですね。

うーん、言いたいことは、クリスマスに独りぼっちのことを
「クリボッチ」なんて言うそうですが、いいじゃありませんか。
365日のうちの1日です。楽しい記念日は自分でつくりましょ!

デパートでアルバイトをしていたときには、クリスマス、お正月、
バレンタインデー、すべてお尻に「商戦」っていう言葉がついていたんですから。
心の中で「うちでくつろいだらいいのに・・・」なんて思わないこともなかったです。

私が思い出すのは、大渋滞の中、父の車の中でぐったりしていたことかなあ。
それはそれで苦笑しつつも楽しい思い出だったりするのですが。

でも、楽しんでいる人はどうぞどうぞお楽しみください。
まあ、心があたたかくなったり、寂しくなったり、そんな季節なのかもしれませんが、
「こうしなければいけない」とか、「こうしてないから恥ずかしい」とか、
気にすることもないかなあと思いますよ。
ちょっと自分を甘やかす期間、私にとってはそんな感じです。

2015年12月22日 (火)

スマホ老眼 冬至はゆず湯

スマホ老眼というのがあると知った。
そうだろうなあ。
歩きながら、電車の中で、タクシー車内で・・・
観察していると、もうすごい。
赤ちゃんおんぶして、だっこしてスマホっていうのも、
小さい子連れてスマホっていうのも。
色々危険ですよ。

私は歩くときには考え事くらいしかできない。
それでもじゅうぶん危険なのに、そこにスマホとかあり得ない。

人生の先輩方がスマホを使いこなしているのをみて驚く
(そしてちょっと悔しい!)。
うちの中でもスマホだとか、PC使わないから・・・そうか。

もちろんスマホだけではなくてPC使用も含むとか。
あ、スマホ老眼のことですよ。
ただでさえ、老眼いやなのに、スマホ老眼って・・・。

これは、うーん。私はPCは、はりついてる、というのではなくて、
ちょこちょこ、ちょこちょこ、PCの前に戻ってくるという感じ。
お茶を入れてインターネット、ご飯食べてインターネット、

ダメだといわれている寝る前のインターネットもついつい。
でもすぐに眠ってしまうので、そう影響はないみたいだけど。

今日は冬至。
色々考えることがある。
明日からこうしよう、気持ちを切りかえよう、気にするのやめよう、などなど。
色々切り分ける日です。

だから、今日はいつもより長くお風呂で考えよう。
柚子湯の用意してますし。

2015年12月20日 (日)

ある分校をお訪ねして

今日、二つめの記事です。

ちょっと時間が経ちましたが、
『お酒を手にした未成年のあなたへー断酒会会員と家族からの手紙』刊行後、
念願だった小さな学校でお話しさせていただくということが実現しました。

学校現場への参入は地元の保健師さんたちにとっても難しいのだそうです。
「おかげで」と、とても感謝されましたが、感謝したいのはこちらのほうです。
地域の断酒会のみなさんと保健所のみなさんのご尽力のたまものです、ホント。
私でよかったら、どんどん使ってください。

どこにでも出かけて行きます。

以下、新聞での紹介・・・

https://www.oita-press.co.jp/1010000000/2015/11/10/220851554

よかった、写真が・・・えへへ、です。
もう見ていただくことができません(笑)。それがねらいでした。
他のイベントの記事もあるのですが、写真がNGなのでご紹介できません。
もう、私、写真がいやでいやで。・・・しょうがないこともありますが。

他の地域でもこんなことができればいいなあと思っているのですが、
どうしてでしょう。「薬物だったらいいけど、お酒はいいものじゃないですか」で
終わることが多いのです。しかし、地域の保健師さんたちが困っているのは
お酒の問題、という実態があります。

どうぞみなさん、何か、いいお考えがありましたら、授けてください。
PTAのお集まりで、とかダメかなあと思うのですが、むずかしそうです。

さて、このご取材の当日に、「あっ」と思ったことがありました。
会場の体育館で、
「みなさん、お尻、つめたくありませんか?」で始めた研修会。
全員が首を横にブンブンふってくれて始まったのですが・・・。

話半ばで、

「例えば私はみなさんから見ればおとなですが、やはり生きづらいと
感じることがあるのですが」

と口にしたところで、みなさんの視線が
急に痛いほどに私に向けられました。
(えっ?!だって、普通、そんなもんでしょう?えーっ、なんでなんで?)
まあ、詳細はいつかどこかで。

もう一つ、私、この程度の人数(80人)であれば(もっと多くてもだ)
歩き回ってみなさんにマイクを向けるのですが、きゃあきゃあ言って
逃げまわられました・・・。そんな年頃なのかなあ。
とても、とーっても、悲しかったです。

欠席の理由は?

今日は地域の断酒会の「酒なし忘年会」の日です。
これまで何度か参加してきましたが、
今年は欠席の連絡をしました。
今頃、片づけてるかなあ。

「お忙しいから、何か用事なんでしょう」
「いいえ。お招きいただきありがとうございました」

こんなときに「ウソの用事」を作るなんてこと
私がこれまで信頼してお世話になってきた
各地の断酒会の人たちのお顔を思い浮かべると
できるわけがありません。

そうでなくても、ウソの用事っていやですよね。
言われるほうも、言うほうも、心に悪そうです。

今年は、感情的にというよりも(あまりそんなことしません)
心情的に控えることにしました。似て非なるものですよ、感情的とは。
M子さんも、N川さんも、K口さんも・・・行かないそうです。
K崎さんの奥さまとか会いたい人もいたんだけど、
またの機会に。
今年生じた様々なこと、改善されたら・・・みなさんの思いです。
でもみなさんおっしゃいます、「断酒会は社会に必要な自助グループ」
私もそう思います。

もっとも、今年、とってもお世話になった
秋の連合例会で勉強会講師をつとめてくださった方が
ご出席の場合は行きます、とお伝えしました。
その方はご用でご欠席、ということなので
行く理由もなくなりました。

もともと「酒あり」の忘年会については(職場なんかの)
1次会だけ参加していたのですが、もう5年くらい前から
行かないことにしています。
「くじ」で席が決まる忘年会でした。

「もう行かない」ということ、最初はけっこう勇気が必要でしたが
当時の親交会担当のHさん、「けっこういるんですよ、そんな人」ってこと。
なんだ、けっこういたんだ!そうだろうなあ、と思ったことでした。

この忘年会や年度末の送別会のために毎月一定の金額を
積み立てていたのですが(給与から)
それもひかれなくなって、ちょっとすっきりしました。
強制じゃなかったんですね。
その分、年末には必要とされている人にまわすこともできます、
ささやかですが。

職場の忘年会では新任は何か「芸」をすることになっています。
私もそれで困ったのはもう10年以上前。無芸ですから。
郷里に伝わる童謡を歌いました。10秒で終わるものです。
そしてちょっと解説をしました。

これ、ちょっと好評だったんですよ、と自分で書いてしまうくらい(ごめんなさい)。
音痴がばれない歌なんです、方言なのでそっちに関心が行くみたいで。
ただ、この後、「もう一回お願い」と何度も言われてまいりました。
そんなにめずらしいものだったのでしょうか。
いつか、相当、気分がよかったら、どこかで・・・。
うちの中ではよく歌うんですけどね、クラシックから子守唄まで。

そうそう、同僚で、同郷、しかもお母さまが私の高校の先輩という方が
いらっしゃいますが
「知らなかったなあ、そんな歌」と言われました。信じられない!

さて、断酒会ですが、年末年始、人が寂しくなる時期だということで
忘年会、年越し会、新年会が連日のように行われます。
こんなのがうれしい人、必要な人も多い一方で
大勢で集まるのはちょっと・・・という人もいるかもしれません。
わかります、そんな気持ち。

いいと思いますよ、それで。自分の心に正直に。
たまに行ってみたくなったら行ってみる。
ちょっと嫌なこともあるかもしれないけれど、楽しいこともあるかもしれません。
ちょっと楽しいこともあるかもしれないけれど、嫌なこともあるかもしれません。

五島断酒会では、毎年12月の第三金曜日に近くのお弁当屋さん「ほっともっと亭」で
ちょっと上等のあたたかいお弁当を買ってみなさんでいただくのだとか。
口数の少ない、でも微笑んでいらっしゃる、みなさんのお顔が目に浮かびます。
いつか仲間に入れていただきたいなあ!

2015年12月15日 (火)

50歳の未婚オトコたち、とか

今日二つめです。

http://blogos.com/article/149896/

ブロゴスという言論プラットフォームのランキング1位。
先ほど書いた児童相談所の問題でふれたけど、
この記事に「引きずられる」読者も多いのだろう。

この1位の記事、色んな意味で興味深いのだけど、
恐らく筆者はブロゴス読者にこの
「50歳前後の未婚の男性」が多いとふんでいるのだろう。

内容があたっているかどうかは別として、
こんな記事にこそ、引きずられないでほしい。
男性も女性も。おいくつの人にも。
ブロゴスなんて読むのやめよっかな、と思ったくらい。

記事には50前後、「なのに」、35歳くらいまでの女性と
自然に恋に落ちることを夢見ている男性像が登場する。

どちらかといえばどうでもいい。

どうして、「恋におちたら、たまたま、その人が〇歳だった」と
考えないのかな?

しかし、もし、記事が事実で、実在する人物にインタビューしたのであれば
この男性、記事を読んで、ちょっとご不快かも。
あるいはそんなことも(他人を信じることも)もうあきらめていらっしゃるのかな。

興味深いのは婚活中に知り合った女性がライターさんに
紹介したのだそうだが、その女性とこの男性が知り合ったのが
7~8年前だとか。

このような男性、そんなに非現実的ではないと思う。
「そんな男性でもいい」という30歳前後の女性も登場する。
「お金があれば」とか。
いくつであっても、性別問わず、恋愛抜きでも、
相手が自分に何を求めているか、あるいは何も求められていないか、
わかるだろう。
ところが、確かに男性の中にはこれが見えない人も多いようだ。

お金があれば何をどこまで我慢できるの?
しかし、一方で、これも多くの人々にとって現実だということも眺めて
知っている。

特に、女性。
暴力や暴言で女性を支配するのが男性からのDVなら、
日々なんとなく「私はあなたの身近な女性よ、みかたよ」ってアピールしつつ
男性を手玉に取る女性らの行為はなんだろう。
それはそれはあきることのない楽しいゲームなのだろう。
適当にいうこと聞いてれば、自分が言うこと何でも信じてくれるんだから。
これも支配だなあ。
この意味では記事に登場する女性と交際することがなかったという
男性はだまされやすい人なのかもしれない。

しかし、私は、子どもがほしいから35歳くらいまでの女性と
結婚したいっていう男性、あまり友だちになりたくないなあ。
お母さんになることへのあこがれがとても強かった私からすれば
まったくわからないことはないのだけれど、なんかちょっと違うでしょ。
なんだか機能がたくさんついている新しいおもちゃを欲しがっている
子どものようにも思える。すみません。でも正直なところ。

その一方で、目の前の素敵な、35歳からは程遠い年齢の女性と
恋に落ちた50歳前後(だったかなあ)の男性もいたなあと思い出す。
ちょっとそのときはびっくりしたのだけど、「話が合った」のだとか。
そうそう、そこですよね、私はそうです。
最近やたらとこの手の話を耳にするーちょっと意外なご結婚。
何で幸せを感じるかってことでしょう。

・・・この記事は、なんだか、50歳前後、「生涯未婚」とされる男性を
笑っているような気がして、そこがなんともイヤ。何が悪いの?
どうしてこのような条件を重ねてヒトを笑うことができるんだろう。
悪趣味。

女性でも、男性でも、年齢、既婚未婚にかかわらず、
合う人とは合う、素敵な人は素敵、そうでもない人はそうでもない、
そして人はそれぞれのものさしを持っている。

ほら、メリーポピンズのメジャーみたいな、ものさし。
あれ、ほしいです。

「この人となら」と思うタイミングはいつくるかわからない、ないかもしれない。
それでいいじゃありませんか。

「これくらいの人で、ま、しょうがないか、孤独でいるよりは」と思う結婚で
生涯未婚どころか生涯家庭内離婚なんてことになるよりも。
それにどんなにいい人とだって別れを経験する人も多い。

児童相談所という場所、引きずられる感覚

神奈川県のある児童相談所で「意見を書く用紙」が1枚なくなっていたことから
子どもたちを全裸にして検査をするという事件が起こりました(事件ですよ)。

とても不可解です。
そんな紙、枚数の管理までやってるの?
そんな紙があっても手書きで意見を書いて提出できると思ってるの?

そんな検査が、とてもいい雰囲気の児童相談所である日突然起こるなんて
思いますか?日常にこのようなことが許される雰囲気があったからこそ
職員のみなさんは幹部とやらの指示に従ったのでしょう。

職場が児童相談所であるという自覚はなかったのでしょうか。
本人に問題はなくても、このようなところに入ってくる子どもたちは
すでに自信を失っています。
そして、行き場がなかったから児童相談所なのです。
子どもたちには簡単に逃げる先がありません。

朱に交わればなんとやらで、すぐに職場の雰囲気や目の前の人の価値観に
適応し、なじんでしまう人もいます。
そのような人たちが「協調性がある」などと評価されます。この場合も
そうだったのでしょうか。そのような協調性なら不要です。

やはり誰かが「こんなことやめましょう」「子どもたちは一生忘れません」と
声をあげるべきではなかったか、と思います、児童相談所で働いていると言うなら。

私がその子どもたちの一人ならどうしていたでしょうか。
いえ、想像ができないのです。
「なんのため?なぜ、なぜ、どうして?」そんなことばかり言っていたから。
物怖じすることなくそんなことが口から出る、いわば、恵まれた環境に
いたのだと思います。家族、親族の見えない力にも守られていたのだと思います。
大人になって気付いたことです。

目の前で起こったことが全国で報道されたこと、関係の職員の人たちは
今、どう思っているでしょうか。「私たち、言われてやっただけなのに」?

学校や職場、仕事や生活や勉強を他の誰かと共にするということは
何らかの大小のコンセンサスを積み重ねるということでもあります。
絶えずその「あたりまえ」を疑うことの大切さを思い出しています。

目の前にいる人、横に座っている人の「感覚」、学ぶべきものもあるかも
しれませんが、それは他者の感覚でしかありません。

「自分の頭で考えること」-言えば簡単ですが、繰り返し身近で発信される
価値観や好悪を疑問ももたずに自身のものとしていくことは危険です。
そのような態度を他者に利用されることにもなりかねません。これも支配。

「そうかなあ?そうは思わないなあ」「それ、よくないよ」
こんな声の貴重さに思いをはせます。
学校でも、職場でも、どんなに小さなコミュニティでも。

疑問でいっぱいの頭を置き去りにして、身体では衣類を脱いだ
子どもたち、このときは、心に蓋をしていたのだと思います。

一晩中手をつないでいたい気分です。

2015年12月 8日 (火)

ノロウィルス、怖いのに

確かあれはもう4年前の4月、私、ノロウィルスに感染しました。

4月1日だと思いますが、大学院の講座委員というのがまわってきて
新入生歓迎飲み会というのが恒例。
私がそんなのするわけないでしょってことで、
講座の院生の人たちみんなの希望で(参加者は全員留学生)
あるお寿司屋さんでランチをごちそうしました
(みなさん、私よりお寿司に詳しくて恥ずかしくなりました)。
10人いかないくらいの人数でした、念のため。

その翌日、空港から京都へ。
京都に着いた途端になぞの震えがとまらなくなり、
寒くて寒くて、置いてあった寝袋にくるまってもまだ寒い。
そしてその後、あれっ?うわあ!

いやあ、もう、思い出したくない、ノロの症状に苦しみました。
病院に行こうにも症状が落ち着くまで行けません。

心配になったのが原因です。
もう頭にはお寿司しかない。貝のお寿司、ありましたし。

院生さんの一人に電話して
「身体、なんともない?みんな元気?」
「なんともないですよ、みんな院生室で元気ですよ。どうしてですか?」
「いえ、なんでもありません・・・」(ウソばっかり!)

あとで知ったのですが、ノロって空港や駅でノロの人とすれ違っただけでも
感染するんだそうです。
ノロの人が使ったトイレを使うなんてもう危ないったらありゃしないんだとか。
前のホケカン(保健管理)の所長なんて、他人のおう吐物を見ただけで感染。

で、私、心に決めたのが、だれかに何か差し入れするのは
火を通したものだけ!

そういうのって、すぐ忘れるものですね。

先週、ある集まりのお手伝いで、知人と私、二人分のお弁当を持って会場へ。

そこで、ちょっとあまってしまったので、ほとんど知らない人に、
おにぎりとサンドイッチを持ち帰っていただくことになりました。
ちゃんと食べる前に手を洗ったりしてくれる人かなあ。
どうしよう、あの人、ノロになってたら。後から心配になりました。
ま、私が大丈夫だから大丈夫か。

それでもやはり、簡単に、誰かにそんなものお渡ししてはいけませんね。
ただ、そこはやはり気をつけていて、ラップを使って、私の手が直に
ふれないように用意したのですが。

そうそう、学生さんが「ノロなので休みます」とわざわざ言いにきてくれた
なんてことがありました。学校で気付いたのでしょう。
ちょっとあわてました。
インフルエンザのときもありました・・・。

そんなとき、あとずさりとかしたら傷つくかなと思って動かないように
していますが、実は怖くてとても動揺しています。
そんなときはわざわざ来なくてもいいんですよ!

2015年12月 5日 (土)

二つの結婚、お幸せに!

29歳棋士と51歳かるた女王の結婚とか、
元幕下力士(51歳)が61歳の女性と結婚、
のニュースにうれしくなるのはなぜだろう。

別に他人様が「年齢差」結婚をしたのが
特別にうれしいとかではないのだ
(そうよね、年齢は関係ないよね、という気持ちにはなるけれど)。

と、今日、晩御飯をご一緒したM子さんと話した。

男性が、女性に表面的な「無垢」(かぎかっこ付きですよ)を
求めていないご結婚だから、とM子さん。

それだったらなんだかわかる。
そうだったのか。M子さん、いつもすごい。

まあ、みなさんがみなさん、そんなことではないとは
よくわかっているのだけれど。

棋士とかるた女王なんて、お友達の結婚式のテーブルで
とっても話が合ったということ、
ディズニーランドでデートだなんて、微笑ましい!
50歳前後の男性の結婚は、ある程度自己や他者の幸不幸を眺めてきて
「女性に何を求めるか」とともに、「人生のパートナー」に何を求めるか、
ご賢察の結果、手にされたお幸せなのではないかと思う。
よかったですね。

お幸せに!っていう言葉がすぐに出てくる。

51歳の女性の方、29歳の男性の方、
61歳の女性の方、51歳の男性の方、
きっとそれぞれのお美しさをお持ちの方なのだと思う。
そして当然に弱さも強さも不安も喜びも悲しみも怒りも。

そんなものを共有できる誰かにめぐり会えた幸運、
あたりまえのことではないかもしれませんね。


きっと幸運を感じるアンテナを高く掲げている人たちだったのかな、
と想像しています。



お手伝いの心得

今日は、ある集会のお手伝いに出かけた。
お邪魔にならないかな、逆に気を遣わせてしまうのではないかな、
と考えたけれど、そんなことを全部忘れるほどあっという間に終わった。

まず、何を着ていくか困った。
お手伝いだからジーパン?
ジーパンを歓迎しない人も多いと思うのでやめた。

ドレスアップもむずかしいけど(できないし)、ドレスダウンもむずかしい。
ダウンしすぎると主催者側に失礼になるし。
どこまで?っていうのが。
結局、形だけジャケット着用、スーツにはせず、色を外して普段着に。

これは
「やだ、あの人、ジーパンよ」
「うわ、あの人、わざわざスーツ」
「何、あの色」
というこれまでに出会った数々の女性の意地悪発言によるたまもの。
女性って本当にこんなところに手厳しい。

一緒にお手伝いをしたM子さんは私よりもさらに
心配していて「エプロンは?」に思わず声をあげて笑ってしまった
(かわいい!)。

あくまでも、主催者の秘書的な事務の方がいらっしゃるので
必ずその方の指示を仰いで、下働きに徹しましょうね、と話し合った。

が!

そのような方がいらっしゃらなかった・・・。
なぜなぜ、どうして・・・?
お手伝い要員が来るから?うーん・・・。
ま、邪魔しに行ったような形にならないことを目指していたので、
終わってよかった、よかった・・・ってことにしよう。

それにしても、集会場のコピー機が旧式で、コピーにものすごく
時間がかかるタイプで驚いた。紙詰まりも・・・。いつのだ?!
コピー機ってどんどん進化してたんだなあ。

お湯をポット二つ、4リットルほど沸かしていたが・・・
講師の方のお茶一杯分しか使わなかった・・・(喜んでいただけたけど)。
お湯、捨てるとき、悲しかった。

帰りに集会関係者のみなさんの集まりみたいなものに
誘っていただいたけれど、辞退。
私たち部外者だしね。そこは、お気持ちだけうれしく、ありがたく
頂戴して遠慮いたします、です。

で、M子さんと晩御飯。
ここで、今日の反省会。
ちょっとだけ「反省してね」の会でもあったりする(わーちょっとだけです)。
そして私たち部外者にとても親切に接してくださった男性の話。

コピーから戻ってこない私のこと、
「ちょっと心配だから見てきます」とおっしゃってくださったとか!
確かに見に来てくださったけど、そうだったのね。
こんなやさしさって素敵な才能。

一番はりきっていたみたいに見えた男性、後ろのお席で
ず~っと、ず~っと、ず~っと寝てらした!
会場ではけっこうお若いほうに入る数少ない女性たちも、みなさん寝てた!

で、あっ・・・と思っているのは、集会・講演会の内容が何一つ
頭にも心にも残っていないこと!
それだけ頑張って働いたってことですね。

「私たち、なんでこんなにまじめなんでしょう」
「わかりません・・・」(私ちょっと寝てたけど)

しかし、このお手伝い、二人してずっと気にかかっていたことでもあり
数日前から、とても緊張していたこともあり、
終わってみると、安堵感しかない。
今度こんな会をお手伝いするときはプロだねって話。

M子さんと私、疲れをいやす赤いアセロラジュースで乾杯しました。

2015年12月 4日 (金)

銀行ってこんなところだったっけ?!

用事があって近くの銀行へ。

【送金】
もう2000年になる前から(98~99年頃かな)インターネット送金を利用している。
でも、どうしても、送金者名を書くのがためらわれるときは銀行から。
しかし、ATMからの送金をすすめられた。

名前は勝手に変えて入れられる。しかし、電話番号は・・・。
電話番号を入れて、ニックネームやペンネーム(ない)にするのも
おかしかろう。結局、名前と職場電話番号。

〇〇〇フみたいに、名前は自由、クレジットカードの名義と異なっても問題なし、
だといいのになあ。

【両替】
驚いた!
両替って、いつの間に有料になったの?
アルバイト先からおつかいに行ったときにはとても楽しかった両替。
硬貨20枚まで無料だけど、21枚から枚数によって手数料がかわる・・・。

よかった算数得意で(ちょっとね)。
本当は10,000円用意していたのに、3000円にして、ぴったり無料の
20枚をお願いした。ふふふ、どんな金種にしたか考えてみてください。
ま、あっという間にできますよね。やっぱり楽しかった。

【呼び出し】
ちょっとあれっ?と思った。
受付番号の用紙を受け取るでしょう、これは変わっていない。
そして順番がくるとその番号がアナウンスされる。
これも変わっていない。

しかし、いったん待合のソファに戻ったら、名前が呼ばれるのだ。
すっごい違和感・・・。

「弁護士 〇〇〇〇さん」
「〇〇〇〇法律事務所さん」

そう、私が住んでるところって法律事務所が多い。
で、呼ばれる名前って、口座名義だから、上に書いたような名義なんでしょう。
でも・・・なんか変じゃありませんか?特に「弁護士 〇〇〇〇さん」

一種独特なのはわかってる。
でも・・・口座名義が職業で始まるのって初めて聞いた。
おもしろ~い!色々想像してみると。

もう一つ、興味深かったのは、呼ばれて立ち上がる人たち、
まあ、弁護士さんではなくて
みなさん、20~30代くらいの女性、
ある特ちょうがあって・・・
そして、呼ばれてもリアクションが・・・うまく書けない。

男性がいないのはなぜだろう。
ベテラン看護師長さんみたいな人がいないのはなぜだろう。
どうやって何を基準に採用されたのだろう。

で、色々観察しているうちに、私の名前がフルネームで呼ばれて・・・。

【現金用袋】
2枚いただいていいですか?って聞いたら
「一取引について1枚です」って。
まあ、無駄を省くためにはいいかなあ。
こういうのも何枚も持っていく人がいるのだろうか。

銀行っていつのまにか色々変わってた!
それと、ちょっと変わってる地域の銀行はおもしろかった!

たまには出かけてみるもの。

2015年12月 2日 (水)

なくても大丈夫なものって色々ある

無駄だなあと思うものは使っていない。

例えば・・・。

湯沸し+保温機能付きポット。
私は温かい飲みものが好きでけっこうとるほうだが
お湯はそのときそのときにおやかんで沸かす。
だからうちには(湯沸し+保温)ポットはない。
マグボトルはあります、用途に応じて、何個か。

電気便座。
なぜ、誰もいないトイレで、あたたかい便座が待ってるの?
便座にふわふわしたやつ付けてるだけで十分。
つめたくなければいいでしょう。

ドライヤー。
一応持ってる。でもまず使わない。風邪ひきかけとか熱出ているときには
使ったほうがいいんだろうなーと思うけど、年に数回くらいのこと。
使いすぎの人、髪の毛先が傷んでます・・・やめてみたらいいのに・・・。

昔、友達が泊まりにきたとき、私が持ってなさそうなものを
一式持ってきて興味深かった・・・。

2015年12月 1日 (火)

「人に幸せそうなところを見せた時点で」

そうやって人に幸せそうなところを見せた時点でもう不幸が始まってる。

ですって。

笑った後で、ちょっと考えてみて、そうかもね~と思いました、
蛭子さんの「ゆるゆる人生相談」の言葉なんですが、
なんだか本当に力が抜けます。

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