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2015年11月21日 (土)

狐さんの手、父の手、思い出すこと

一昨日、『手袋を買いに』の狐さんのお話を思い出してから
父と祖母のことを考える時間が一時的にちょっとだけ増えた。
二人とももうこの世にいないので、あまり考えないようにもしている。

祖母の臨終のとき、不思議な涙が出てきたが、
それよりも私の関心は父が涙を我慢していた様子に向いた。

『手袋を買いに』では、お母さん狐が小さな狐の片方の手を
人間の手に変える。人間のまちに行って小さな狐がひどいめに
あわないことを願って。

私の父は、あるときから右手が不自由になった。
父の周囲は、恵まれていたこともあるだろうが、進学し、
それなりの活躍をしている人も多い。そのような中である日
突然多くの夢が断たれてしまったのである。
勉強とは別にしてもいわゆる「手に職をつける」ということも。
どれだけ一人で泣いただろうか。

私は父の右手のことに長い間気が付くこともなかった。
単に「左利きの無口な人」という印象。
ところがこれに気付いてから世の中の人々の一面が見えてくるようになった。
目が開かれたというのだろうか。私のことをかわいがってくれた親戚たちも
社交性のまったくない父を尊重することはほとんどなかった。
そんな人々の集まりであるということに気付いて沈んだことがあった。
こんな感情があったからだろう、私が拙著あとがきに父のことを書いたのは。

祖母がお母さん狐だったら、父の手を元に戻したかもしれない。
父が一人で大阪に出て伯父のもとで働いたことや
父が私を左手で抱いていた光景を
祖母はやはりお母さん狐のように
抱きしめたい思いいっぱいで眺めていたんだろうな、と思う。

父の従兄という人から
父の大阪時代の様子を聞いて驚いたことがあった。
知恵を絞って色んなことを考えて、きっといきいきとしていたんだろうな。
父の従兄は当時の生活を「恋もへちまもない青春時代でした」と結んだ。

早寝早起き、決まった時間に朝昼晩ご飯、新聞三紙、言葉少ない父だった。
いい生地で仕立てたいいシャツ、いい万年筆、いい時計、いい手帳
それらはみな父の劣等感をうめる道具だったのだろうと今は思う。
ある日「帝大出と間違われた」と笑う父をにらみつけてしまったことがあった。

父がその生涯で手にした唯一の資格、それは運転免許であった。
無事故、無違反を徹底的に貫いたのはそれを守るためでもあったのかも
しれない。「ちょっとくらいここに駐車しても」という田舎道での誰かのすすめにも
絶対に応じることがなかった。
あまりにまじめで、あまりに安全運転なので、大阪からきた従兄が
「恐ろしいほど気をつけてるなあ」と笑った。
「そうでしょう」と私。
父も笑っていた。
運転する車内で私と従兄が楽しそうに話すのがうれしかったのだ。

大阪での仕事、地元に帰ってからの生家の商売の拡張、車は父の
商売道具だった。小学校3年生の頃、父がショベルカーの運転もできることを
知って見学させてもらったこともある。社員のお一人の不注意で、特殊な
車が港から海に落ちたことが新聞に載った時、「信用に傷がつく」と
珍しく家族の前でふるえるほどの怒りをあらわにしたことも憶えている。
しかし社員の方に向けての怒りを態度に出す人ではなかった。
煙草も吸わない、お酒もそう飲まない、ストレス解消法は何でしたか?

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世の中には「車の運転」がお仕事の人々がいらっしゃる。
大きい通りを走っているバス、大小のトラック、そしてタクシー。
信号を待ちながら、父がそのような運転ができる資格を得たときの喜びを
思うことがある。

そして世の中には「運転を職業にする人」を不当に見下す人もいる。
「トラックの運転手だからこうだろう」という先入観をもつ人がいる。
「タクシーの運転手はこんなもの」だから気をつけていると口にする人もいるそうだ。

私がそんなこと言ったら、父は悲しい顔をして自室に戻るだけかな。
祖母や父の周りにいたおじちゃんやお兄ちゃんたちは目を見て真剣に
怒ってくれただろう。母は怒り狂ったかも(怖!)。
そして祖母はどうしただろう。

もちろん、運転手さんの中にも、他の職業と同様に問題のある人もいるだろう。
しかし私はとても多くの運転手さんたちや小さい船の船長さんたちに
囲まれ、叱られたり、笑ったりしていた日々がとても楽しかった。

そんなことを考えていたら、タクシーの乗務員の方から
「そろそろ冬タイヤはく準備しなくちゃね」と伺った。

北海道ではタイヤは「はく」、手袋も「はく」
なんだかキツネみたいでしょう?

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