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2015年11月30日 (月)

タキジさんの手紙

手紙つながりってことで、タキジさんの手紙が多数収められている一冊。
タキさんへの恋文もある。読みたくなる。

うーん。
本当に大変な人生だったと思うけど、私は「大好き」になれなかっただろうなあ
(タキジさんとて私なんかには興味もなかっただろうけど)。

だって遊郭経験とかあるんですよ!しかもタキさんがいるのに。
私はこんな人はそれだけでアウトです、昔っからそう。
用途別に人間(女性)を扱うって、特に一時でも身体を買うって、
この人の思想を根幹から否定することにもなりやしないか。

それでもタキジさんの思いがつまった手紙を受け取るタキさんは
社会への目が開かれた思いだったのだろう。
いや、社会への目が開かれたのは実はタキジさんのほうだったかもしれない。

「解説2」の最後の部分は、そうなんだろう。

「共産党員として殺された多喜二にとって、タキは掛け替えのない
他者だったのではないか。だからこそ、『色々な事を沢山』話したいのだ。
いつになっても、である」(「解説2」の結びです)

これは多喜二論から離れるものだと思う。

もし私が多喜二だったら、やはり、党でもない、文学でもない、
業務上でもない、運動でもない、ちょっと離れたところにいる
「他者」、それでもお互いに心許せる、ウソのない「他者」と
「色々なことを沢山」話したいと思う。

人はそんな人こそを「必要な『他者』」として求めるのだと思う。
短い人生だったけど、タキジさんがそんな出会いを経験していたことはよかった。
短くても、長くても、そんな出会いを経験していない人生は寂しくて悲しい。
そんな出会いを求め続けるのも人生なのかもしれない。

・・・しかし、タキジさん、書いたお手紙がこんなふうに出版されるって
想像していただろうか。ちょっとお気の毒。

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