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2015年11月

2015年11月30日 (月)

タキジさんの手紙

手紙つながりってことで、タキジさんの手紙が多数収められている一冊。
タキさんへの恋文もある。読みたくなる。

うーん。
本当に大変な人生だったと思うけど、私は「大好き」になれなかっただろうなあ
(タキジさんとて私なんかには興味もなかっただろうけど)。

だって遊郭経験とかあるんですよ!しかもタキさんがいるのに。
私はこんな人はそれだけでアウトです、昔っからそう。
用途別に人間(女性)を扱うって、特に一時でも身体を買うって、
この人の思想を根幹から否定することにもなりやしないか。

それでもタキジさんの思いがつまった手紙を受け取るタキさんは
社会への目が開かれた思いだったのだろう。
いや、社会への目が開かれたのは実はタキジさんのほうだったかもしれない。

「解説2」の最後の部分は、そうなんだろう。

「共産党員として殺された多喜二にとって、タキは掛け替えのない
他者だったのではないか。だからこそ、『色々な事を沢山』話したいのだ。
いつになっても、である」(「解説2」の結びです)

これは多喜二論から離れるものだと思う。

もし私が多喜二だったら、やはり、党でもない、文学でもない、
業務上でもない、運動でもない、ちょっと離れたところにいる
「他者」、それでもお互いに心許せる、ウソのない「他者」と
「色々なことを沢山」話したいと思う。

人はそんな人こそを「必要な『他者』」として求めるのだと思う。
短い人生だったけど、タキジさんがそんな出会いを経験していたことはよかった。
短くても、長くても、そんな出会いを経験していない人生は寂しくて悲しい。
そんな出会いを求め続けるのも人生なのかもしれない。

・・・しかし、タキジさん、書いたお手紙がこんなふうに出版されるって
想像していただろうか。ちょっとお気の毒。

2015年11月28日 (土)

土日の仕事とその後

この土日は職場で仕事。
10人少し?である研修を受けている。

講師の魅力、OK。とか叱られそう。
いえ、話し手さんのお人柄を言ってます。
私にとってはとても大切なこと。
これがNGだったら、私は本当に話を聴くことができない。
そんなときでもじっと話を聴ける人、それ才能ですよ。

こんなこと、私が講師を務める場合を想像すると
怖い。

1日2時間のクラス×3、けっこう疲れる。
講師の方、どれだけ疲れていらっしゃるか。

今日は差し入れにおみかん、チョコクッキー、のど飴。
明日は「いきなり団子」の予定。レンジでチンしてあたたかくして。

帰宅したら『大地の子』の録画あり。
ああ、今日は土曜日だったんだなあ。

そういえば、2週間前にお邪魔した小規模な講演の
会場(会議室みたいなところ)と同じフロアで
「引揚者の会」のような集まりが開催されていた。
帰りにお邪魔してもいいですか?と伺いたいくらい
興味津々だったのだけど・・・この興味が失礼に
なりそうで自粛した。

さて、明日に備えて早めにやすもう。

明日のお弁当の準備をして寝る。
疲れた・・・。

2015年11月24日 (火)

ある郵便局で・・・

とある郵便局でのこと。

髪の毛が肩にかかるかかからないかくらいの長さの女性が
封筒に、乱雑に、とあるスタンプを押していた。

(そのスタンプの位置はあんまりじゃないでしょうか・・・)

たまたま見えてしまったのだ。
けっこう重要そうな書類も持ち込みで・・・。

「〇〇法律事務所さん」
「はい」

えっ?!
法律事務所?
なのにあの郵便の扱い?!

あ~あ、お宅、お客さんを一人失いましたよ。
いや、クチコミで三人かも。
それが10人、100人になるんだよ。

この日は「特定記録郵便」を発送、料金が高い!
クロネコメール便、なくなったの、いたいなあ。
80円でお問い合わせ番号付き、
A4が折らずに入る大きい封筒もOKだったのに。

2015年11月23日 (月)

栞のプレゼント!

先日伺ったある福岡市の例会でお目にかかった方から
「金印」の栞をいただきました。
ありがとうございました!

なんと昨年釧路で私の話を聴いてくださったとか。
おっしゃってくださったらいいのに!

福岡のとても居心地のいい例会、またお訪ねします。

2015年11月21日 (土)

狐さんの手、父の手、思い出すこと

一昨日、『手袋を買いに』の狐さんのお話を思い出してから
父と祖母のことを考える時間が一時的にちょっとだけ増えた。
二人とももうこの世にいないので、あまり考えないようにもしている。

祖母の臨終のとき、不思議な涙が出てきたが、
それよりも私の関心は父が涙を我慢していた様子に向いた。

『手袋を買いに』では、お母さん狐が小さな狐の片方の手を
人間の手に変える。人間のまちに行って小さな狐がひどいめに
あわないことを願って。

私の父は、あるときから右手が不自由になった。
父の周囲は、恵まれていたこともあるだろうが、進学し、
それなりの活躍をしている人も多い。そのような中である日
突然多くの夢が断たれてしまったのである。
勉強とは別にしてもいわゆる「手に職をつける」ということも。
どれだけ一人で泣いただろうか。

私は父の右手のことに長い間気が付くこともなかった。
単に「左利きの無口な人」という印象。
ところがこれに気付いてから世の中の人々の一面が見えてくるようになった。
目が開かれたというのだろうか。私のことをかわいがってくれた親戚たちも
社交性のまったくない父を尊重することはほとんどなかった。
そんな人々の集まりであるということに気付いて沈んだことがあった。
こんな感情があったからだろう、私が拙著あとがきに父のことを書いたのは。

祖母がお母さん狐だったら、父の手を元に戻したかもしれない。
父が一人で大阪に出て伯父のもとで働いたことや
父が私を左手で抱いていた光景を
祖母はやはりお母さん狐のように
抱きしめたい思いいっぱいで眺めていたんだろうな、と思う。

父の従兄という人から
父の大阪時代の様子を聞いて驚いたことがあった。
知恵を絞って色んなことを考えて、きっといきいきとしていたんだろうな。
父の従兄は当時の生活を「恋もへちまもない青春時代でした」と結んだ。

早寝早起き、決まった時間に朝昼晩ご飯、新聞三紙、言葉少ない父だった。
いい生地で仕立てたいいシャツ、いい万年筆、いい時計、いい手帳
それらはみな父の劣等感をうめる道具だったのだろうと今は思う。
ある日「帝大出と間違われた」と笑う父をにらみつけてしまったことがあった。

父がその生涯で手にした唯一の資格、それは運転免許であった。
無事故、無違反を徹底的に貫いたのはそれを守るためでもあったのかも
しれない。「ちょっとくらいここに駐車しても」という田舎道での誰かのすすめにも
絶対に応じることがなかった。
あまりにまじめで、あまりに安全運転なので、大阪からきた従兄が
「恐ろしいほど気をつけてるなあ」と笑った。
「そうでしょう」と私。
父も笑っていた。
運転する車内で私と従兄が楽しそうに話すのがうれしかったのだ。

大阪での仕事、地元に帰ってからの生家の商売の拡張、車は父の
商売道具だった。小学校3年生の頃、父がショベルカーの運転もできることを
知って見学させてもらったこともある。社員のお一人の不注意で、特殊な
車が港から海に落ちたことが新聞に載った時、「信用に傷がつく」と
珍しく家族の前でふるえるほどの怒りをあらわにしたことも憶えている。
しかし社員の方に向けての怒りを態度に出す人ではなかった。
煙草も吸わない、お酒もそう飲まない、ストレス解消法は何でしたか?

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世の中には「車の運転」がお仕事の人々がいらっしゃる。
大きい通りを走っているバス、大小のトラック、そしてタクシー。
信号を待ちながら、父がそのような運転ができる資格を得たときの喜びを
思うことがある。

そして世の中には「運転を職業にする人」を不当に見下す人もいる。
「トラックの運転手だからこうだろう」という先入観をもつ人がいる。
「タクシーの運転手はこんなもの」だから気をつけていると口にする人もいるそうだ。

私がそんなこと言ったら、父は悲しい顔をして自室に戻るだけかな。
祖母や父の周りにいたおじちゃんやお兄ちゃんたちは目を見て真剣に
怒ってくれただろう。母は怒り狂ったかも(怖!)。
そして祖母はどうしただろう。

もちろん、運転手さんの中にも、他の職業と同様に問題のある人もいるだろう。
しかし私はとても多くの運転手さんたちや小さい船の船長さんたちに
囲まれ、叱られたり、笑ったりしていた日々がとても楽しかった。

そんなことを考えていたら、タクシーの乗務員の方から
「そろそろ冬タイヤはく準備しなくちゃね」と伺った。

北海道ではタイヤは「はく」、手袋も「はく」
なんだかキツネみたいでしょう?

2015年11月18日 (水)

「ほんとうに人間はいいものかしら」

タイトルは知っている人は知っている、ある絵本のせりふ。

毎年、11月の誕生日を祝ってもらったら、いただいたそのお気持ちを
誰かにおすそわけしたくなって、年末まで考えるのはその1年に大切な人を
亡くされた方々のこと。

言葉ってどうもむずかしくって、そんなときにお贈りすることがあるのは、
絵本、新見南吉の『手袋を買いに』です。

「うちのひと」と呼ばれていたご主人を亡くされたあの人、
きっとお子さんたちやおまごさんと読んでくださるかな。
お母様を亡くされたあの人、う~ん、ちょっとためらうなあ、やめとこうか。
私が贈られたらどうかなあ。

小さな狐には、なぜか父の子ども時代が重なり、
お母さん狐は祖母のことを思い出すようなことがあった。

それがあるときから、小さな狐が私になり、
あの人になり、この人になり、
お母さん狐が私になり、
小さな狐とお母さん狐が、お互いを思いやる恋人同士になり、
いい友達関係になり・・・。
こんなふうに一瞬でもいたわりあえる人間関係じゃなければ
もう要らないと思うようになった。

「ほんとうに人間はいいものかしら」

狐のお母さん、つらい思いや苦しい思いがあっても
大切な小さい狐がいて、こんな言葉が出てきたのかしら、
と思う。だとしたらいいかな。

今日、ドラマで、偶然この物語が取り上げられていて、
女優さん(名前忘れた)が小さい子から
「どうしたの、ヒロちゃん」と声をかけられて、
思わず涙ぐむ、そして「泣かないで」って声をかけられて
涙がとまらなくなる。私も一緒に泣いてしまった。
毎回、絵本や小説の一節が胸にせまる。

『手袋を買いに』はネットの青空文庫で読めます。
↓誰かを信じたい人、これ、読んでね。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.html




2015年11月15日 (日)

テロの連鎖

テロ、戦争の一つの形。

ひとつひとつのテロに大義名分がある。
もちろん大義があればテロが正当化できるというものではない。

テロリスト側からみれば、
「あなたがたからのテロに対抗するテロです」
と言うことなのかもしれない。
本当のテロリストって誰なんだろう。

テロにテロで返しても、さらなるテロが続くだけ。
戦争に戦争で返しても、さらなる戦争が起こるだけ。
お互いが消えてなくなるまで。
これでいいわけがない。
最後に満足するのは誰ですか?

テロの犠牲になった方々の
ご遺族にしてみればお身内の不当な死を前にした
ご心情はいかばかりか。

だからこそ、テロにテロで返すのは意味がない。
こんな人たちを増やすだけ。

欧米で様々な形の「イスラム」を背景にもつ人々
お顔も、言葉も、ファッションも、祈りも―
この人たちを守ることも考えなければならない、と思う。

こんなときに私が思い出すのは
真珠湾攻撃。
これを機に日本人移民、日系アメリカ人のみなさんは
強制収容所に入ることになった。
アメリカ歴史博物館では奴隷制度とこの強制収容を
二つの黒い歴史としている。

今回、フランスということで、連絡は途絶えているけれど
パリの親戚のことが心配。
小さい頃、遊んでいた、チカちゃん、もうお母さんになったと聞くけど
どうしているだろうか。ヨウくん、その両親にあたる(父のいとこってなんていったか)
おじさん、おばさん、元気でいてほしい。
古い住所録を探そう。

帰るのが怖い

旅先から帰るのが怖い。

ドアを開けるあの瞬間。

数年前、ドアを開けたら、ビリビリに破られた新聞が。
見たことない針金も。

何これ~?!
へなへなへな、と座り込んだ。

考えて、考えて、新聞販売店に電話した。

当時、私は新聞を取っていて、不在にするたび、防犯上
配達をストップしてもらっていたのだが…。

配達の方がそれを忘れていて、配達を続けてしまい、
叱られる!と思って、針金なんかで郵便受けのところから
何とか新聞紙を取り出そうとされたらしい。
みごとに失敗して、破れた新聞紙が散乱…。

「きつく叱っておきますから」
「きつくはやめてください。ますます気が滅入りますから」

それ以来、新聞は取っていない。

それ以来、ドアを開ける瞬間はドキドキ。

ある日、配達を再開してもらおうと思って電話してみたら、
その販売店はなくなっていた。ご主人がでてくださったけど
販売店をやめられたとか。
どこも大変ですね。

さあチェックアウトの準備。
こんなこと思い出して書く余裕があるなんて
こんな出張もいいな。

2015年11月11日 (水)

「私は戦争の否定者」

「私は戦争の否定者」というタイトルの記事を読んだ。http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20151110-2015110600026/1.htm

ロバのかわりに働かされる、満州から歩いて帰るってどんなことかと思う。
「三兄」とされている人、誰をどう信じていいのか、
人間の信じ方もわからなかったのだろうと思う。
同情するのも失礼だけど。
私もたくさん知ってるわけじゃないけれど。

「戦争を肯定するわけじゃない」という人々がいる。

では、なぜ戦争を否定してくれないの?
それを中立とは呼べないでしょう。

戦争物はもう読んだ―という人もいる。
私は読んでも読んでも「知らなかったなあ」という証言に行きつく。

読むたびに、戦争が生み出す幸せって一つもないと思う。
これで利益を得る人がいたとしても、他人の不幸の上に成る幸せで
何が満たされるというのだろうか。

2015年11月 8日 (日)

断酒会、秋のイベントが終わった

昨日、心と身体がとても疲れていたようで、ちょっと仮眠と思ったら
目覚めたら今朝になっていました。年に1回くらい、あります、こんなこと。
テレビつけっぱなし、PC開きっぱなし、電気つけっぱなし、
気持ちのゆるみを大反省。

旅から帰った翌日、札幌市で断酒会のイベントが開催されました。
この細々ブログ、札幌の人は知らないけれど、他地域の断酒会の方に時々読んで
くださる方がいらっしゃるとは伺ったことがあります。あえて、ちょっと、
「う~ん」と思うことも書いてみたいと思います。

各地の断酒会の様々なイベント、小さな仕事の一つひとつを会員の方が緊張しつつ
責任感をもって全うしてくださった上に成り立っていると思うのですが、
「あれを急いでいただけませんか」「講師の方へのご連絡はどうなりましたか」などの
声を「責められている」とかんちがいするような方もいらっしゃって
とっても残念です。お酒はやめられたかもしれないけど、これじゃ意味がないのでは?
例えそれが批判であったとしても「ご意見、ご指摘、ありがとう」と思える人に
組織のトップあるいはそれに近い役職についてほしいと思います。
こんな声、「断酒会がよくなるように」「断酒会が信用を失わないように」と願う
みなさんからなのですから、「宝」でしょう。
一部の人、褒め言葉しか大切にできない組織など泥船のようなものです。

それにお酒で悩んているすべての人に居心地のよさを提供することは
断酒会全員の責務、ではありませんか?

と、色々な思いがありましたが、
ご講演は無事成功。どどどっと疲れました。この半年間、講師の方に気持ちよく
帰っていただけるようにと心配されていたみなさん、おつかれさまでした。

そのご講演ですが、DVと離婚が主な内容でした。講師は断酒会のみなさんも
私もとっても信頼している市内の弁護士の方です。弁護士さんとしてはわからない
部分も多いけれど、私はまず「人」として、この人、「いい!」と思っています。
そんな人だからこそ、弁護士としての知恵に与りたいと思うのですよね。
想像していた通りの、聴いている人に伝わる内容でした。
なんと、「どんな話が求められているか」事前に話を聞きに来てくださったんですよ。
私も反省しながらそのご姿勢を眺めていました。尊敬できるお一人です。

断酒会の心ある人々の「断酒会に失望されたらどうしよう」という思い、
これは受けとめてくださったのではないかと思います。

・・・私にとっては怒涛の一週間が終わりました。
今、ぼんやりとした頭で思うことは
断酒会との関わりの中での出会い、もちろん嫌な出会いもありましたよ!
というか、とってもたくさん!
しかし、失いたくないと思うご縁もしっかりできていたんだなあとふりかえっています。

例えば大分にご同行くださったKさん、初めてお目にかかった時、
まさかこんなことができるようになるとは。Kさんと大分の家族のご縁を
つなぐことができたこと、とてもうれしいです。
大分で北海道のKさんにあたたかいお声をかけてくださったみなさん、
何度でもお礼を申し上げたい気分です、そうします。
そして昨日の講師を務めてくださったIさん。
お引き受けいただいて以来、よくお付き合いくださったと思います。
こんなご縁、いつまでも続けばいいなあと思います。

雨も降ったし、風も冷たい日もあったけど、
心の中で紅葉が始まったような気持ちです。

2015年11月 7日 (土)

出張中の散策で

今日は断酒会のイベントで大分でご一緒した人と再会。

私は出張中ひたすらスライドを見直したりで、
もちろんご飯も大切だけど、ちゃんとおいしいお弁当やお惣菜は見つけていて、
歩くのは歩くんだけど、名もない通りや川べりを歩くだけ。

ところが、Kさんは新しくできた美術館や名所を訪ねること、訪ねること。
お食事するところも「ここならでは」のところ。
これが普通なんだろうか。勉強になりました。
ホテルもフル活用。エステに行かれたのは驚きでした。あと、コインランドリーも!
私はいつも入浴のついでに手洗いです。絞るの大変だけど。

私が「また来よう」と思ったのは府内城でしょうか。
あまり観光地、観光地していなくて子供の頃に遊びに出かけた場所の
ようにも思えました。既視感というのか。

Kさんがおみくじを引いて、大吉。恋愛成就!ですって。
誰々?と旅行中に話題にのぼった知人名をあげられていました。
Iさん?Mさん?(私のことですよ)、Kさん?・・・

「多様化ですからね」

私の名前もあがるとは・・・さすがファイティング・リベラリスト・看護師のKさん
なのでした。

おみくじは色づいた木(何の木だったか)に結ばれました。

実はこの前日に人気ブロガーさんのブログを読んで
「正しい結婚ってなんだろう」ということを話し合ったのです。
午前3時頃まで。
Kさんの感覚の若さに脱帽、という感じで全然眠たくならず
修学旅行状態でした。って、修学旅行では1番に眠りについていたけど。

府内城までの道をお尋ねした人が、自転車をとめて押しながら道案内を
してくださって、うれしかったです。

2015年11月 5日 (木)

「美しすぎる星空」に涙

大分市から2両編成の電車で1時間少し、豊後竹田駅です。
駅には私がとっても信頼している断酒会員のお一人、Oさんが笑顔で
待っていてくださいました。

宿に入るまでの時間、お車で美しい景観を楽しめる場所に連れていって
くださいました。どこに降りてどちらを向いても心洗われるような美しさ。

Oさんが「美しいでしょう」と何度も言ってくださって。
「きれい」とかじゃなくて「美しい」とおっしゃるんですよ。
これがめずらしくて、Oさんのお心そのままのような表現だと思いながら
伺っていました。

その後、宿へ。

http://www.kujukogen.com/

Oさん、すぐに帰ってしまわれました。女性お一人なので、と。
残念ー北海道からの同行者Kさんも久住高原を訪ねたかったのです、本当は。
三人だったらどんなにか話がはずんだでしょうか。

で、夕ご飯。私は一人でも大丈夫。平日だからでしょうか、周りはご高齢の方が
多かったですね。

で、全国的に有名な露天風呂へ。
ご高齢の方の入浴時間は早いと伺っていましたが、私一人でした。
ここは一人でも大丈夫、ではなかったのです。外は暗くて、露天風呂の
脇から熊とか、妖怪とか、何かが出てきそうで。

で、上を見上げたところ、

え、あ、う!

星がきらめいています。
小さな星々のきらめき、本当に星ってきらめくんですね。
もう、もう、きれい、いや、「美しい」だけではなくて、圧倒されるような・・・。
【神秘の絶景】全国の”美しすぎる星空”スポット10選!!に
選ばれたこと、町全体で喜ばれているとは伺っていましたが・・・。

なんと涙があふれてきました。
この、小学校の卒業式で一人だけ涙を流さなかった私が・・・。
そこで、今回の大分で遭遇したちょっとイヤだったことが流れていって
その次に、抱えている色々な思いがあふれ出てきて
涙が、ボロボロっと。お風呂でよかった。
なんだか、星が「大丈夫、大丈夫」と言ってくれているようでした
(って、本当ですよ)!星ってすごい・・・。
温泉でこんなに長風呂したのはたぶん初めてでした。

そこに・・・

気が付いたら一人の老婆(っていう書き方も失礼ですが)がいて。
私、一瞬、この世のものではないな、と思ってしまったのです。
お湯の中でしたが、心が凍りました。

「お独りですか?」としゃべりだしてくださって、ご高齢の人間の方だと
わかりました・・・(ごめんなさい!)。

「ここは怖い」ということで話がもりあがりました。
おばあさんも怖かったんですね。
「星がきれいで感激しました」と言ったところ、「あ、そう」で終わり(え~っ?!)。
もったいな~い!

きれいな星空を見上げる、
何かこんなことって人間には必要で大切なのだと思います。

この夜、身体も心もよほど疲れていたのが、
ぐーぐー、ぐーぐー、本当によく寝ました。

翌朝の窓の外に、また「美しい」久住高原が広がっていました。

2015年11月 3日 (火)

大分、4日目です。

Yufu1


Yufu2sakana


大分に着いて4日めです。
11/1のシンポジウムの講師としてお招きいただきました。

http://www43.tok2.com/home/dansyu/2015tirasi.pdf

大分県のみなさま、断酒会のみなさまのお力を借りて
なんとか無事講演を終えることができました。

今回、 いつもと違うことがありました。
札幌の家族会のKさんが10/31-11/3とご同行くださったのです。
ご飯は毎回ご一緒しましたが、お部屋は別。
私が仕事をしているときはお独りで出かけられたり、温泉に行かれたり。
エステにまで行かれたので驚きました!
私もすすめられましたが、たぶん行かないでしょう。

初日には市内の例会にご一緒しました。
遠いのに地元の会員ご夫妻が送迎をお気遣いくださって。
他のみなさんもあたたかく迎えてくださいました。

3晩連続で話が尽きず深夜~夜中までおしゃべりしました。
性別をのぞけば、共通点を探すのがむずかしい人生の先輩、
教わることがたくさんあります。

おもしろかったのは、私が普段読ませていただいているブログに
参加されたこと。HN(ハンドルネーム)を一生懸命考えられて。
愛猫の名前を使って。ノルウェーフォレストキャット、写真をみましたが
「美人でしょう」と言われても・・・。「猫ですね」としか。

戦争について、憲法について、結婚・離婚について、これまた一生懸命に
意見を述べられ、私がそれをコメント欄に入力しました。
翌日承認されているのを確認されては大喜び・・・(o^-^o)

また、それをめぐってああでもないこうでもないと寝る間を惜しんで。
私が起きる前に、そして寝てからも、何かなさっていました。
楽しみ方の違いに驚愕しました。

とうとう(私、気が進まなかったのですが)
昨日は一緒に温泉にもつかりました。入ってみるとこんなものかと。
今日は最後のお食事ということで、豊後牛陶板焼きでした。
おいしかった。

先ほど、空港バス乗り場でお見送りをしたところです。
最後に、「〇〇さん(私)、日焼けどめクリーム、化粧水、乳液はつけないと、
いつかひどいことになるよ、ドライヤーも使わないとね」とおっしゃって
バスに乗り込んでいかれました。
うーん、もうひどいし、今後の課題といたします。

札幌で初めてお目にかかってから10年。まさか、何日もご一緒して
最後までお互いに笑ってリラックスしていられるお友達になってくださっているとは。
「来てよかった」と言ってくださいました。
私もご一緒できてよかった!となんだか胸がいっぱいになりました。

今日からまたいつものように独りで明日以降の話の内容について
準備をしたり、気分転換に歩いたり・・・いつもの出張になります。
これはこれでけっこう好きです。

2015年11月 1日 (日)

おつかれさまの靴3足

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1足め
ホテル内用、とっても軽いcrocsです。
裸足ではきます。

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2足め

これは仕事用。
中敷きにウォーターマッサージのクッション入り。とっても歩きやすいです。1日パンプスでお仕事、という人には本当におすすめ。私のヒールの靴はすべてこのシリーズです。中でもシンプルなブラックが好きです。

3足め

これはjacoform(ヤコフォーム)


ためしにはいてみたら
とっても気持ちよかった!の一足です。
足の指がじゃんけんのパーをしている感じ。
男女兼用だそうです。
だから男性にも女性にもおすすめです。

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