« 病院でのコミュニケーション | トップページ | 悲しみが「憎悪の連鎖」となってはならないと信じます »

2015年1月13日 (火)

ヘイトスピーチに思う

家に居て身体にいい夕ご飯を用意して
その後テレビを観ていたらヘイトスピーチの特集でした。

その昔、自らに向けられるヘイトスピーチや
社会からの決してあたたかくはない視線に対して
対策を講じた人たちのことを思い出しました。

ちょうど一世紀前に北米に渡った日本からの移民のみなさまです。
「小さくて、子供ばかり産んでネズミのよう」
「味噌くさい、漬物くさい」
などなど、これらのありがたくない風評に対して
彼らが何をしていたか。これが私の最初の一冊、

『渡米移民の教育―栞で読む日本人移民社会―』
(大阪大学出版会)

です。
栞(しおり)とはもともとは枝折(しおり)と書きました。
道しるべの意です。
彼らは異文化圏適応のための情報に加えて
周囲からの偏見対策のためのリーフレットやパンフレットを
作成していたのです。

100年前、自らと同じ顔をし、同じ言葉を語っていた人々が
ところ変わればヘイトスピーチを向けられる側になっていたこと
思い出していただくのはいかがだろうか、と思う今日此の頃です。

私の授業では受講者のほとんどが日本人移民・日系アメリカ人が
先の大戦中に「収容所」に収容されていたことを
「知らなかった」と言います。

同じ顔をした人々が、同じ言葉を語る人々が、
同じ歌を愛してきた人々が、
ある特定の集団に対しては加害者になり、
そしてある特定の社会・文化圏においては被害者にもなり得るのです。
ヘイトスピーチを吐き出す側になることもあれば
ヘイトスピーチを投げかけられる側になることもあるのです。

私には関係ない、と思う人もいるかもしれませんが、そうでしょうか。
「東京の人は〇〇だ」
「大阪の人は〇〇だ」
「いなかの人は〇〇だ」
「高卒の人は〇〇だ」
「30代の人は〇〇だ」
「男って〇〇だ」
「アル中の家族ってみんな〇〇だ」*(注あり)
あなたが笑い話ですませているような、
こんな「ある集団」への性格付けが
つもりつもってヘイト(憎悪)の根拠になることはないでしょうか。
(私も気をつけなければ!)
それがスピーチ(言葉)になる、
そしてクライム(犯罪)になった、こんなことは今でも
様々な文化圏で続いています。

ヘイトスピーチのデモ行進、その先にあるものは何なのでしょう。
少なくともいいことなんて一つもなさそうです。

(注)「アル中」という表現についてはいまだ多くの方が用いるものとして
使いました。もちろん、「アルコール依存症」「アルコール使用障害
(日本精神神経学会)」のことです。

« 病院でのコミュニケーション | トップページ | 悲しみが「憎悪の連鎖」となってはならないと信じます »

ハラスメント」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1969349/58572495

この記事へのトラックバック一覧です: ヘイトスピーチに思う:

« 病院でのコミュニケーション | トップページ | 悲しみが「憎悪の連鎖」となってはならないと信じます »