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2014年8月 9日 (土)

原爆投下の日に思う―「夢でよかった」

今日は長崎に原爆が投下された日。
毎年のことだが、この日、前後の数日には
特に色々と思うことがある。

「夢でよかった」は『お酒を手にした未成年のあなたへ』の
1通め、五島列島福江島からの手紙のタイトル。

これは今72歳の男性のお話。
かくれキリシタンの子孫であり、4歳のときに長崎で被爆した方である。
このご家族の苦難を聞き取らせていただいたときには
私自身の資料収集の「運」というものがあるとすれば
その半分を使い果たしたような震えがきた。
(残りの半分の、そのまた半分は初めての著書の資料、
まだ使っていない25%は今後のためにとっておこう)

かくれキリシタンということも、被爆者ということも
簡単にお聞かせいただけることではないからというのもある。
お話をお聞かせいただいた前年には、お願いしたけれど
会っていただくことも叶わなかったからというのもある。

この方からの「手紙」にあらわしたのはこの方とご家族の人生の
アルバムのほんの1枚の写真のようなもの。
ネットに全文公開しているので、他の手紙とともに
ぜひ読んでいただきたい、と思う。
URLはこのブログのトップページご参照くださいませ。
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今年の5月5日に、私の祖母、父、そして私、三代に渡って
とてもお世話になった方が他界した。
祖母が祖父と結婚したのが「再婚」だったということも
この方から教えていただきびっくり仰天したものだ。

この方(女性)に、たまたま、本当に恐ろしい偶然で、
この3月にまる1日昔話を聞かせていただく機会があった。
この日まで知らなかったのだが、この方は被爆者だったのだ。

当時、ご主人が長崎の三菱重工の技師で、お嫁にきて、
生まれて1年の子供の面倒をみていたそのときの原爆投下。
子供を背中におぶってご主人を探しに行かれたそうだが
一面焼け野原で、黒焦げになった死体をよけながら歩く際、
地面からは地獄のように煙がいくつもたちのぼっていたそうだ。
暑くて、熱くて、背中の赤ちゃんが生きているか、死んでいるかも
わからなくなったそうだ。
水を飲みたくて飲みたくて、鉄管から水がもれているのを
「飲むな」と言われたのに飲んでしまったそうだ。
そして赤ちゃんにおっぱいをあげたのだ。

見つかったのはご主人の指の先だけ、それも本当にご主人の
ものだかどうだか、ということだった。

当時21歳の彼女、よく赤ちゃんを連れて生まれたまちに
戻ることができたものだ。この人が「夢でよかった」の
男性を知っていると伺って、これまた驚いたものだ。
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今、彼女が背中におぶっていた赤ちゃんは
私のお母さん兼お姉さん兼おばさんといったところだろうか。
先ほど、この人が住むまちに電話をかけて
被爆者代表の城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんの
スピーチについて、
他の方々のご体験について、
・・・などなど、原爆の日の話をしたところです。

ぜんぶ、ぜんぶ、夢だったら、どんなによかったことか。

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